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#CAR 想いでの車〜コロナ(2)

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当時我が家にあてがわれたコロナ・ピックアップは、肌色というか子豚というか、とにかくそんな感じのちょっとピンクがかった薄いベージュだった。

コロナのような中型セダンだけでなく、国産車全体でもそんなに多く見かける色目ではなかったと思う。

初代カローラや初代サニーで爆発的に増えるホワイト流行前夜といえる状況で、たいていは紺や黒、グレー、水色、エンジといったビジネスライクな雰囲気も併せ持つボディカラーが、マイカーでは多かったのだ。

ピンクがかったベージュは、時代が下った40年後の初代ヴィッツでカタログイメージカラーとして大きく扱われている。どうやらこの色は女性向きとメーカーが考えている(考え続けてきた)ようだ。

2代目コロナも、ちょっと女性ドライバーを意識していたふしがあるので、あながち狙っていなかったとはいえないかもしれない。

ただ、ビジネスモデルのピックアップにピンク系というのは、当時としてはいかがなものか……という気もする。

2代目コロナは、ボディカラーによってスタイリングイメージが異なって見える不思議なクルマだった。

メッキパーツが、フロントグリル、Cピラー、リヤガーニッシュの3点に大きく配置されていて、それぞれがボディカラーによってはハイライトとなり、色によってシマリが、べつの色によっては緩和に生きた。

子供心にそんな印象を持った。

たとえば、紺や黒ではメッキパーツが全体を引き締めてシャープでメリハリのあるスタイリングになる。

肌色ピンクでは、メッキパーツが白く映えて全体をなごやかなイメージにする。……そんな感じだ。

ボクは、肌色ボディと、とくに荒いヘアラインのCピラーとのコンビネーションが婦人用化粧品の容器やコンパクトケースとクロスオーバーして印象に残っている。

それまでの、典型的なクルマの造詣から一歩踏み出したスタイリングのさきがけが2代目コロナだったのではないだろうか、今振り返るとそう思う。

とはいえ、ピックアップのCピラーは装飾のない鉄板のみだった……。

そんな、肌色のコロナセダンと30年ほど経てから、偶然再会した。

再会とはいっても初めて遭遇したのだが。

そのクルマは、初めて通る道に建つ大谷石の塀に囲まれたちょっとしょうしゃな邸宅のガレージに、こちらに顔を向けて止められていた。

ナンバーは管轄が一文字、「5」のヒトケタ。

あまりしょちゅう乗ることはないのだろう、全体にうっすらとホコリをかぶっていた。が、タイヤの裏は黒々としていてずっと休眠しているわけでもないらしい。

邸宅は、白いモルタルの壁に青い陶器瓦ふきで、玄関の傍らにシュロが植わりテラスふうのハザード。その隣室は出窓の応接間らしき部屋。おそらく昭和30~40年代の建築だ。

ガレージは、洗車するにも十分するほどのゆったりとしたスペースのコンクリート敷き。鉄パイプでワンオフで溶接で作られた観音開きの大きな門扉。

コロナをとりまく全体が、当時のまま時計の針を止めたままのような風景に包まれていた。

当時、多くの人が理想にした中流家庭と中型セダンの理想的なコンビ。

子供のころ、コロナ・ピックアップに乗せられたことで出来上がってしまっていた「ファミリカーとして落第」という烙印は、その邸宅の前を偶然通りがかったことで、ボクの心の中から消滅した。

ああ、よかった、と思った。

そのときに抱いた好印象を失いたくないために、その後、いや今も、けっしてその道を通らないことにしている。

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#CAR 想いでの車〜コロナ(1)

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トヨタのミドルセダン、コロナは、トヨペット・コロナとしてスタートした。

現在はプレミオがトヨタ車内のポジションとマーケットを引き継いでいる。

我が家でのマイカーとしての歴史、あるいは自分で運転したりなどの何らかのインプレッションを語れるのは、2代目から10代目まで。すなわち初代と最終のコロナ・プレミオを除いたモデルになる。

我が家のマイカー史の1/3あるいは1/4は、何世代目かのコロナが占める。

まず、最初は2代目コロナ、PT20のピックアップから始まった。

ピックアップはトラックのことを指す呼び名だが、我が家で乗っていたピックアップは4ドア+荷台。現代に通用する呼び方ではキングキャブになる。当時はダブルピックと呼んでいたのではなかっただろうか。

調べてみたらPT20のピックアップは、「コロナライン ピックアップ」というのが正しいようだ。

さて、2代目コロナのピックアップは、都落ちした父が会社からあてがわれたクルマだった。

だから、本当の意味のマイカーではないのだけれど、ほとんど毎日、通勤・商用・帰宅後や休日の自家用として乗っていたのでマイカーも同然だった。

当時、コロナはすでに3代目RT40がデビューしていて、街で見かける台数もそこそこ多かった。反面、セダンも含めてPT20は路上遭遇率はあまり高いほうではなかった。

コロナは、BC戦争というフレーズまで生み出したほどのトヨタの看板車種に育つが、PT20まではあまり売れているクチではなかったのかもしれない。

PT20はリヤウインドを逆ソリにストンと切り落としたクリフカットデザインが特徴的だったが、ダブルピックはさらにリヤシート直後でルーフを切り落としたようなカッコをしている。リヤウインドから後ろは無蓋の荷台だ。

前は乗用車、後ろはトラック。

ドアはセダン同様に4枚あるものの、リヤシートは4ナンバーバンと同様に前進した位置にしつらえられていて、大人はもちろん子供でも窮屈でショボイ居住性しか与えられていない。

現在コンパクトと呼ばれるクルマたちは、4メートルそこそこの全長でもそれなりに大人が座れるリヤシート空間を持っている。フィットなどは、足も組めるのではと思わせるほど広い。

それらに比べて、当時のコロナは1.5リッタークラスのクルマとはいえ、背筋を伸ばしきちんと両足を揃えて乗ることを強要されるほどリヤシートは狭かったのである。

それより狭いピックアップ。

しかも、荷台がリヤシート分削られているとはいえ素性は荷物を運ぶためクルマである。

当然リヤスプリングは硬く、狭さに加えて乗り心地も最悪なリヤシートだった。

荷台はといえば、整理ダンス二丁を立てて載せられるかどうかといったほどの奥行きしかない。

子供心に、「荷物、人間のどちらを乗せるのも中途半端なクルマだなぁ」と感じたものである。

いずれにしても、都落ちする直前まで乗っていたセドリックとは比較にならないクルマだった。

ダブルピックは、今もハイラックスや軽自動車のいちぶなどにラインアップはある。

が、当時は、セダンとコマーシャルの中間、過渡的な種類のクルマとして子供心に印象が残っている。

それはそれで、子供心には納得できた。

何しろ、マイカー元年前夜のこと、家庭での専用車を誰もが所有するにはまだキツイ、クルマを買うには家庭用と商用の両方でというイイワケが必要な時代だったからだ。

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#CAR 想いでの車〜スバル1000

1000スバル1000は、当時のボクの周囲の大人たちも一目置くクルマだったようだ。

FFで広い室内、軽量ボディ、スバル360が築いた信頼性の継承などなど。

しかし、我が家では、簡素なルックスと1000ccのパワーがネックとなってマイカー候補へは上がらなかった。

子供だったボクの目には、スバル1000にはヨーロッパ車と共通する合理性があるように見えた。

当時、少しずつ生産国や地域ごとのクルマ作りの違いを実車や書物から知識として蓄えつつあった時期のことだ。

FFはプロペラシャフトが不要な分FRに比べて室内が広くなる、ヨーロッパ車はボディに余計なデコレーションをしない、室内ばかりでなくトランクやユーティリティも広くする合理性がヨーロッパ車の特徴、実用自家用車には過大な排気量のエンジンは不要、といったボクの聞き知るかじり、読みかじりのヨーロッパ小型車のキャラクターとスバル1000の内容はかなり合致していたのだ。

転校してきた友人の家がスバル1000のオーナーだった。ボクの友人のなかで、それまでスバル1000を乗っている家はなかった。第1号。前期か後期かはあまりよく覚えていない。ボディは、よくある明るいシルバーメタリックか白だったと記憶する。

はたして、彼の父君がボクに自慢するスバル1000の美点のほとんどが、ボクの期待通りだった。なかでも、父母と中学生の姉、小学校高学年の友人の4人乗車でも狭苦しくないことが「売り」だった。続いて燃費。さらに、エキパイがサイドシル内を貫通している合理性。

欠点はというと、「1人で乗っているときはけっこう速いけど。4人乗るとちょっとねぇ」というパワー感不足、そして夏場はオーバーヒートする兆候があること。

1度だけ、町内を中心にリヤシートに乗せてもらったことがある。

覚えている感想は、ノイジーだったこと。ボディシェルの剛性が低かったからだろうか、室内にエンジンノイズやロードノイズがエコーし続けていた。

内装やシートは、ややチープな印象だった。気になっていたトランクも開けて見せてもらった。ガランとした印象で確かに広いが、むき出しの鉄板やリブは大事な荷物をしまう場所としては頼りなさそうに思えた。

クルマと合理性の融合は、数字や幾何学上の豊かさ、ムダを省くこと。もっとストレートに言えば、ひとつの目的に徹底すること、というヘンな哲学を、そのときスバル1000から得た(後年、心変わりするが)

それまでに知りえていた数少ないクルマによる自分自身のクルマ階級のなかで、スバル1000はサニーとカローラの中間あたりに位置した。

スバル1000はマイチェンして1300が追加され顔つきが前期のフォードコルチナふうの真ん丸いヘッドライトがアクセントのシンプルなものから、つり目でサイドマーカーがやたら目立つイカツイ顔つきへと変わった。

その時点でスバル1000の合理性的なイメージは大きく失われた、とボクは感じゾッキなクルマへと評価が急落する。

しばらくして友人の父親はクルマを買い換えた。2代目カローラ(20)の後期型、格子グリルでサイドフラッシャー周辺も格子デザインが採用されたデザインだ。

実用性では意味のないデザイン処理だが、格子グリルの連続という様式美に、どこかヨーロッパのニオイを感じさせた。

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